KOMORIの100年の歩み 前編: 創業期と成長期

日時:2023年10月20日(金)

創業期: 関東大震災後の創業から第二次世界大戦

関東大震災の発生から50日後の1923年10月20日、小森善七、善一兄弟が「小森機械製作所」を設立し、被災した印刷機械の修理と復興に乗り出したことからKOMORIは始まりました。1925年に石版ロール印刷機を完成。翌年にはオフセット印刷機の開発に着手、1928年に第一号機となる四六半裁手差しオフセット印刷機を完成。1930年には全自動大型オフセット印刷機を開発し、大手印刷会社に納入しました。このころKOMORIは独自技術の研さんを積み、その結果、「錬肉軸揺動変更自在装置」を開発し、特許を取得。「技術の小森」として評価されるきっかけとなりました。1933年には商号を「小森印刷機械製作所」に変更しました。さらなる発展を期していた矢先、日本は第二次世界大戦に突入しました。
しかし、印刷産業は、戦後いち早く復活した産業の一つでした。KOMORIも生産を再開し、1946年に「株式会社小森印刷機械製作所」として改組、小森善七が代表取締役社長に就任しました。

■ 年表

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1928: 四六半裁手差しオフセット印刷機を開発
同機技術は後に錬肉軸揺動変更自在装置に進化

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1933:「小森印刷機械製作所」に改名
社名に「印刷」の2文字を入れた

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1946:「株式会社小森印刷機械製作所」に改組
当時の工場の様子

成長期: 戦後から再出発

KOMORIの成長期は、活版からオフセット印刷への構造転換期を迎えた時期で、印刷需要は飛躍的に増加していきました。KOMORIは1950年に足立工場を設立し、オフセット印刷機の自動化と高速化に向けた一歩を踏み出し、わずか1年で全自動四六全判2色機を完成。同機は好評を博し、次第に「オフセットの小森」という評価を高めていきました。

オフセット印刷機械の市場が本格的な拡大を迎えると、本社機能及び生産体制を強化しました。足立工場では、枚葉機から輪転機・紙幣印刷機まで、小型機から大型機に至る幅広い機種・型式の印刷機が製造されるようになりました。また海外展開もスタートし、1952年にはオフセット機を初輸出(タイ、フィリピン向け)、1956年には全自動高速オフセット機を北米へ初輸出しました。1958年には印刷局から銀行券印刷用凸版2色枚葉印刷機を受注、紙幣印刷分野へ本格進出しました。

1960年〜70年代は、「販売とサービスは常に一体」をモットーとし、販売・サービス体制を強化、各地に営業所や出張所を設立した時期でもあります。また、1968年には、小森印刷スクールを開校しました。これは「印刷技術の勉強の場を提供し、ユーザーへのサービス向上を果たす」印刷機械業界初の試みでした。

■ 年表

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1950: 足立工場を稼働

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1957:初の4色機四六全判オフセット印刷機「UM-4C」を開発

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1958: 印刷局に初納入、紙幣印刷分野へ進出
1961年につくられた「LT-331」

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1967:取手工場竣工
取手工場では、ニューコニー、ハイコニーなど画期的な新製品を開発

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